沿革・来歴

慈光寺について

1.沿革
今から約400年前の元和元年(1615)、徳川家康の遠縁に当たる智鏡法師により、三河の碧海群青野村で「慈光寺」という寺院が建立されました。

そして幾年後、江戸に渡った智鏡法師は、家康の厚い計らいで赤坂一ツ木に寺地を賜りました。そして三河の「青野」を山号に、「慈光寺」を寺号として、新たに一寺を創設しました。これが「青野山慈光寺」のはじまりです。またその際に、徳川家から葵の紋を寺紋にすることが認められました。

しかし元禄8年(1695)、付近一帯で起こった火災により主殿は打ち壊され、跡地も幕府所有となりました。その代替として賜った原宿村(現・東京都渋谷区)に寺地を移し、現在に至ります。

2.来歴(昭和〜平成)
昭和20年 東京大空襲により本堂・庫裡全焼 
昭和25年 仮本堂・庫裡再建
昭和26年 この年に公布された宗教法人法により、当寺は浄土真宗宗派「真宗大谷派」と被包括関係となる。

昭和39年 本堂再建
昭和55年 東京都によって寺院規則変更が認証され、当寺は「真宗大谷派」との被包括関係を廃止。単立寺院となり現在に至る。

平成14年 現16代住職 就任 

平成17年 西東京本願寺ひばりが丘墓地内 墓地開設
平成22年 新本堂・庫裡再建
平成23年 永代供養墓「慈光」完成

3.浄土真宗とは
・本尊・・・阿弥陀如来
「この世の一切のものの苦しみ、悩みを救わずにはいられない」という仏心をお姿にあらわしたもの。


・宗祖・・・親鸞聖人
平安時代の承安3年(1173)誕生。9歳で出家し、29歳で法然上人の門に入る。52歳で立教を開宗。90歳で入滅する。


・経典・・・「浄土三部経」「大無量寿経」「阿弥陀経」
「無限の光りと命」である阿弥陀仏とその浄土を讃え、すべての人間が念仏することによって浄土に生まれるということを説いたもの。これら三部経は浄土真宗の教えの根源であり、よりどころである。


・教え・・・本願を信じ、念仏を称えれば、たとえどんなに罪深い凡夫でも必ず救われ仏になる。


・称名・・・南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
「私は一心に限りない命と光である阿弥陀仏に帰依いたします。」という敬虔な気持ちが言葉となったもの。(南無は「頼む」、阿弥陀仏は「頼むものを助ける」という意味)